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ベトナム文化を伝えるフエの名物料理店


 Banh Khoai(Hue名物のミニお好み焼き)は、単なる食べ物の枠を超え、Hue文化の一端を担うようになった。Thuong Tu地区にあるBanh Khoai街は外国のガイドブックにも紹介されている。
 Hue旧市街の南東Thuong Bac地区からThuong Tu地区までのDinh Tien Hoang通りにある片側14軒のうち7軒にLe家の人々が暮らしている。彼らは皆聴覚障害を持っているが、Banh Khoai屋の経営で大成功を収め、Hueに40年近くも続くThuong Tu 地区Banh Khoai街を築き上げ、ここのBanh KhoaiはHueの食文化を不動のものとした。
 Thuong Tu地区(老舗は「Lac Thien」)に立ち寄りここのBanh Khoaiを味わわずしてHueを訪れたとは言えないだろう。Banh Khoaiは庶民的な食べ物ではあるが、人々が賞賛するにつれ、この40年間その名はHueに止まらず海外でも紹介されてきた。
 “Banh Khoai”は“Banh Khoi”とも呼ばれ、その呼び名については文化研究者、作家、詩人、食通たちの間で多くの議論が交わされている。
 その昔、古都の人々はこの食べ物を“Banh Khoi”と呼んだ。“Khoi”は湯気という意味で、湯気が立ちこめる熱々のうちに食べなければならないものだったからだ。しかしHueの人々が発音を誤って“Banh Khoai”と言ったため、それが定着してしまったのだという。しかし、Thuong Tu地区のある店に入り、それを味わった後には“Khoi”でも“Khoai”(“好き”という意味)もどちらも良いじゃないかという気になる。
 Hueの人々は賢くも、客の目の前で焼くという実演販売で客の食欲を刺激する。客が注文すると、女主人が専用のフライパンをコンロにかけ、油を敷く。フライパンの縁には牛肉または鶏肉と新鮮なエビが並べられ、中央にはキノコあるいはもやしが添えられる。数分加熱してこれらの具に完全に火が通りかかったところで粉を溶いた生地を流し込み、表面に滑らかな溶き卵を塗り蓋をする。薄いキツネ色になったところで二つ折りにし、皿に盛り付けると湯気が立ちこめ食欲をそそられる。レタスや香草の緑ともやしの白、Vaと呼ばれる実のクリーム色、スターフルーツの黄色が添えられ、彩りも美しい。そのぱりぱりして香ばしいひとかけらをピーナツ風味の付けダレにくぐらせ頬張ると、こってりとした中に甘味、酸味、渋み、爽やかな風味が口の中に同時に広がる。“Khoai”と感じないわけにはいかないのだ。食べる前から視覚で味わうことができ、食べてしまえば“Banh Khoi”だろうが“Banh Khoai”だろうがどちらでもよくなってしまう。Hueの人々は“唐辛子族”であると言われるほど辛党だ。Banh Khoaiを食べる時も然り、原色の赤で自己主張する唐辛子と共に涙を流しながら食べるのだ。店のHue娘から、「そうやって食べるからおいしいのよ」と笑顔で声援を送られた。
 HueにはDong Ba地区、Gia Hoi地区、Vi Da地区、Kim Long地区などにBanh Khoaiを出す店が軒を連ねるが、Thuong Tu地区にある「Lac Thien」のBanh Khoaiは絶品だ。そのおいしさの秘訣は、付けダレにある。名人にしか作れない濃厚な付けダレがBanh Khoaiの上質な味と香りを演出するのだ。この付けダレにまつわる面白いエピソードがある。欧米人の観光客2人が「Lac Thien」にBanh Khoaiを食べに来た。席に着くと生野菜と付けダレが先にテーブルに並べられた。 肝心のBanh Khoaiはまだフライパンの上だというのに、この2人はこれがBanh Khoaiという料理だと勘違いし野菜と付けダレをきれいに平らげてしまったのだ。しかも非常に満足して絶賛したという。Lac Thienを経営する長男の嫁Nguyetさんは、Banh Khoaiのおいしさの秘訣は付けダレだけではなく、フライパンへの生地の流し込み方にもあると教えてくれた。どんなに店が混んでもLac Thienでは1度に焼くのは3個までと決めている。そうすることでBanh Khoaiの旨味を保ち、見た目にも美しいのだという。
 Banh Khoai Lac Thienというブランドを築き上げたのは、Le Van ThienさんとHo Thi Traさん夫妻だ。1956年にQuang Tri省からHueのThienさんに嫁いだTraさんが、Banh Khoai屋を開いたのが始まりだという。Thienさんはすでに他界しているが、若い頃の写真を見るとかなり男前で、Traさんも80歳を過ぎているが、柔和で美しい顔をしている。それで息子も娘も顔立ちがいいのだろうと客は口を揃える。 Traさんは初産の後、原因不明の難聴になり、次第に聴力を失っていった。その後産まれた7人の子供全員が聴覚を持たず生まれたが、子供たちの先天的な不幸は両親の手によって拭われた。Banh Khoai業を、Traさんは次々と子供たちに伝授していったのだ。しかし、付けダレのレシピだけはまだ伝授されていない。他店同様ピーナツ、ごま、オキアミ、豚レバーなどの基本材料から作られるが、そのおいしさはTraさんの作る付けダレに勝るものはない。Nguyetさんも、長男である夫と共にこの家業に尽くして27年になるが、まだ付けダレの作り方を知らない。彼女は、「去年姑が倒れ、容態が思わしくなかった時でさえ付けダレのレシピを教えてくれようとはしませんでした。姑は、『レシピは死に際になったらお前に引き継ぐから』と言うんです」と話した。その腕前の良さから、Traさんはこれまでに何度もThua Thien Hue省婦人連合会から招待を受けてハノイに出向き、大規模なイベントでBanh Khoaiを振舞ってきた。「Lac Thien」の名は遠くまで響き渡っているのだ。このように家業を長く守り続け、またTraさん夫婦が根気強くやりくりに長けていたお陰で、8人の子供たち全員が充分な教育を受けることが出来た。こつこつ積み立てた貯蓄で、子供たち1人ひとりに家を買い与え、所帯を持たせ、それぞれの仕事を繁盛させることも出来た。全てはBanh Khoaiの賜物なのだ。
 Hueの人々は、このDinh Tien Hoang通りを“静寂のBanh Khoai通り”とも呼ぶ。聾唖者のLe家一族のほとんどがここに暮らしているからだ。「Lac Thien」、「Lac Thanh」、「Lac Thuan」の3店がこの通りの端に並んでいる。Hueが観光シーズンでなくとも、この3店はいつも客で賑わっている。「Lac Thien」は長男のLe Van Trungさん、「Lac Thanh」はLe Van Thanhさん、「Lac Thuan」はLe Thi Thanh Yenさんがそれぞれ切り盛りしている。遠方から訪れた客は、容姿端麗な店長たちが手だけで合図を送ったり、指で金額を示したり、さらに外国人と英語での筆談を楽々とこなすことに驚かされる。また、下の娘Le Thi Thanh NgocさんがBanh Khoai Lac Thienの看板をホーチミン市に持ち込み、1区Pham Ngu Lao通りのAn Lac寺の前に開いた店も、本店に劣らず客を集めている。
 「障害もあるが、才能もある」と人々は口々に噂する。Le家の兄弟姉妹は何をやらせても腕がいいと評判だ。Le Van Lanさんは独身時代画家をしており、肖像画のアトリエを開いていた。結婚してからは「Hue Xua」という粋な名前のHue郷土料理店を開き、大繁盛している。「Lac Thien」の隣には、Le Thi Hoang AnhさんとLe Thi Thu Cucさん姉妹が「Phuong Mai」という仕立屋を開いている。この店はHueでも有名な仕立屋の1つで、器用な美人姉妹を目当てに訪れる客が絶えない。先天的聴覚障害をもつ7人に授けられた子供たちは30人を超えるが、幸運にも誰一人として親からこの障害を受け継がなかった。ほとんどが学業を終え、Banh Khoai作りを受け継いでいる。
 Le家とこのBanh Khoai屋にまつわる逸話は数知れない。初めのうちは、なぜTraさんの子供たちが皆聴覚障害者なのかという好奇心から多くの人々がThuong Tu地区に足を運んだ。納得がいくような理由は見つからないものの、「祖父の墓を建てた時その地に眠る竜神の舌に触れ、その祟りで孫が障害を持つようになったのではないか」という噂が広まった。しかしその噂もしだいに忘れ去られ、今ではLe家の娘たちのしっとりした美しさが客の心を捕らえ、足を運ばせるようになった。おいしいBanh Khoaiに舌鼓を打ちながら美人店主を眺める。中にはBanh Khoaiのおいしさを誉めつつ店の娘の気を惹こうとこんな詩歌を詠んだ客もいる。「古都に伝わる宝物 Banh Khoaiはここかな娘さん」。
 現在、HueのBanh Khoai、特にLe家のBanh Khoaiはベトナム国内はもちろん、海外に住む越僑たちの心の中にも根を下ろした。Hueでは、Banh Khoaiは外国人観光客に最も好まれている料理の1つとなっている。多くの外国人観光客の団体が「Lac Thien」、「Lac Thanh」、「Lac Thuan」に予約を入れて食べにやって来るほどだ。これらの店は旅行ガイドブックで英語、フランス語、日本語で紹介されている。Hueを訪れた観光客がBanh Khoaiを食べたくなったらガイドブックを片手に探せばすぐに見つかる。Nguyetさんは、欧米やアジアからの観光客と一緒に撮った記念写真をたくさん見せてくれた。あまりの美味しさに気分が高揚して壁に感激のメッセージを書き残していった客もいれば、Banh Khoaiが素敵な思い出を作ってくれたと賞賛と感謝を綴った手紙を帰国後送ってきた観光客もいる。また、外国の新聞記者が書いたLe家のBanh Khoaiを賞賛する記事の切り抜きが送られてきたものも見せてもらった。タイのBangkok Post紙の古い記事には、「Hueでは、世界文化遺産だけでなく、Banh Khoaiを含む庶民的な料理までもが観光客の心を酔わせる。次回Hueを訪れた時には、是非これらの料理を思う存分堪能したい」という感想が述べられていた。
 Thuong Tu地区Banh Khoai街は外国人観光客にとって、慣れ親しんだ場所となった。多くの外国人がHueの名を知るようになったのもThuong Tu地区Banh Khoai街の存在が大きい。シジミ飯、Huong川から聞こえる船頭の歌声、Thien Mu寺の鐘の音と共に古都の地に40年近く存在し続けてきたBanh Khoaiは、もはや単なる食べ物ではなく、観光客の心を酔わせるHue文化の一部に昇華した。

(Nguoi Lao Dong)

(2004/09/04 07:29更新)

※上記の情報は【ベトナム最新情報】より引用しています。

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