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コラム

ベトナム:エイズと共に生きる――ある女性の10年


 Quang Ninh省の海岸地域Van Don。1998年、20歳そこそこの若さでBui My Hanhは嫁いだ。優しい夫との間に娘が生まれ、幸せな家庭を築くという彼女の夢はかなったかに見えた。だが娘は生まれた時からひ弱で、病気によくかかり、2歳になっても体重は7kgしかなかった。

 母子の病院めぐりの日々が続いたが、省内の病院ではどの医者も首をひねるばかり。ある日、ベトナム・スウェーデン病院を訪ねたHanhは、血液検査の結果を手にした医師から、こう聞かれた。「御主人は麻薬をやっていましたか?」
「ええ、以前・・・」そう答えた後、Hanhの耳に届いた医師の言葉は、まるで遥か遠い彼方で響いているようだった。「お子さんはHIVに感染しています」。天地が回り、倒れこみそうになった。

 それは始まりに過ぎなかった。夫も間もなく病に倒れたが、夫と子供の看病の苦しさより、周囲から家族に向けられる眼差しの方が辛かった。「一家全員エイズ」との噂は、またたく間に地域に広まり、空気感染を恐れるようにHanhを避ける人もいた。

 彼女の仕立て屋も客足が途絶えた。HIV感染者の仕立てた服など、誰も着たくないのだ。意識の薄らいだ夫が時折冷たい飲み物を欲しがるので、Hanhは氷を買い求め、冷蔵庫のある近所の家に預けようとしたが、断られた。村人の子供を抱き上げた時には、子供の祖父から「エイズ感染者が孫に触るな!」となじられた。

 2001年3月、4月、夫と娘が相次いで他界した。運び出される大小の棺桶。エイズで死んだ者の葬式に参列する人は少なく、寂しい式だった。愛する2人を失い、がらんとした家に残されたHanhを襲った苦悩。何のために生きればいい? 涙にくれる夜が続き、睡眠薬を飲んで自殺を図ろうとしたこともあった。

 「私は貴方を五体満足、健康な体に産んだ。夫のせいでこんな境遇になったけど、人生を無駄にしないで」という母の言葉がなければ、彼女はそれを実行していたかもしれない。

 生きなければ。突然、悲しみに暮れた1年がばかばかしく思えた。「私は何も悪いことをしていない。人々の偏見と差別は、エイズについて無知だから。私自身、自分を差別していた・・・。HIV感染者が、人々の意識を変えなければ」。その日の朝、いつもと違う彼女がいた。笑顔でドアを開けるHanh。

 Van Don地区は400人を超えるHIV感染者を抱える地域だった。人口と比較しただならぬ数字だが、感染者の多くは差別を恐れ、病気を隠していた。Hanhは、最初に感染をカミングアウトした1人だ。

 同じ境遇の友人ができた。悲惨な日々の中での出会いだった。その後、数人のHIV感染者がHanhを訪ね、彼女達はグループを結成した。自分達の境遇を嘆きあうためでなく、共に差別と戦うためだった。差別は時に病気そのものよりも患者を苦しめる。また、広まるのも病気より速い。

 Hanh達のグループは、まず自分達の家族から、エイズに関する知識を広めていった。感染者の両親でさえも、同じ皿の物を食べたり、同じ場所で呼吸するだけでうつると思っている場合がある。その後、バスターミナルや船着場、ホテルなどに出かけては、若者にエイズの知識や予防法について広報活動を行うようになった。

 2人から始まったグループはいつしか131人に膨らんでいた。この数字は、死ぬまで日陰の身でいようとした人達の為に、意義ある生き方をしようと呼びかけたHanhに自信を与えた。131の不幸な運命が集まったとき、そこに生きる喜びが生まれたのだ。

 Hanhの行動は人々の噂となり、HIV/AIDSに関する国際団体の関心を引いた。彼女は国連ボランティアプログラムのひとつ、「HIV/AIDSと共に生きる人々の参画拡大(GIPA)」プロジェクトへの参加を要請された。これは国連合同エイズ計画(UNAIDS)とベトナム婦人連合により、全国4カ所で開催されたものだ。

 思いがけず、Hanhは国連ボランティアとなった。彼女率いるグループは日増しに活動の成果を上げ、正式名称が必要となった。死と向かい合う暮らしを続ける彼女達に付けられた名は「不死の花」。メンバーは手に手を取り合い、本当の姉妹のような大家族となった。

 ある日、道を行くHanhに、果物売りの女性が声をかけた。「貴女の御主人、亡くなる前に痩せた?」Hanhが話を聞くと、女性の夫はエイズ末期であった。噂を聞いた人々は、感染を恐れ彼女から果物を買わなくなった。薬や病院代もなく、辛い日々を過ごしていた彼女は、Hanh達グループとの出会いがなければ、自殺していたところだった。

 夫の死後もその女性は果物を売りつづけたが、客足は途絶えたまま。土地を捨てて出て行こうとしたところで、Hanhに元気付けられた。「不死の花」の仲間は、彼女に新しい仕事を探し出し、現在、この女性は「不死の花」の主要メンバーとして活躍している。

 この世を去る人も出る「不死の花」の仲間だが、彼女達は孤独の中で死を迎えるのではない。以前のような人影のない葬儀ではない。

 Quang Ninh省は全国でもエイズ患者の多い地域だ。「不死の花」リーダー、国連ボランティアとしてのHanhの活動は多忙を極める。10年近くもの間、エイズと戦いながら生きてきた彼女の力の源は何なのだろうか。

 「私には力がある」彼女がカメラの前で言ったこの言葉は、国際組織Care Internationalが制作する、ベトナム・マリ共和国・ボスニアの困難な環境の女性をテーマにしたドキュメンタリー映画のタイトルでもある。実在の人物の環境を通して、貧困の原因の一端を観客に知らしめ、社会問題解決に向けた女性の能力向上を提起している。

 Hanhは、この映画の3人の主役のうちの1人だ。Quang Ninh省での撮影は2007年3月に行われた。映画に台本や舞台はなく、Hanhの普段の仕事を自然に撮り続けるだけだ。しかし監督は、どんな脚本家にも描けない誠実かつ写実的、ドラマティックな彼女の人生を知ることができた。

 当初、Hanhの場面に対し30本しか用意されていなかった録画用フィルムは、監督の要望により急遽アメリカから30本が追加で運ばれた。現在、マリ共和国とボスニアでの収録が行われており、2008年3月8日、国際婦人デーにあわせてアメリカ及び世界の多くの国で公開予定だ。1人のベトナム人女性が、世界を感動の渦に巻き込む。

(Tien Phong)

(2007/09/11 06:59更新)

※上記の情報は【ベトナム最新情報】より引用しています。

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