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コラム |
ベトナム:元気な国営企業、支える傷病兵
傷病兵を優先採用しているホーチミン市27.7社(タバコ製造)が飛躍的な発展を見せている。同社で働くNguyen Van Hungさんは、戦争で両手を肘まで失い、頭や目も負傷した。両手を失いながらも、警察をも蹴散らす勢いでバイクを飛ばす彼、ある日警察に捕まり免許証の提示を求められた際には、「両手がないんだからあるはずないでしょう!」と反論したそうだ。
配給制が敷かれていた時代、Hungさんの家庭は厳しい生活を強いられた。Hungさんの妻は、Quang Tri省の戦場での道路工事作業中にダイオキシンの影響を受け、以来痩せ細っていった。
困窮した生活が続きやむを得ずタバコの密輸を始めたが、密輸するには草むらを通り抜けたり、田んぼに潜んだりという技が求められる。国道沿いを行かざるを得ないHungさんは、税関職員に止められすべて没収された。仕方なくバイクタクシーのドライバーに転職するが、失った両手を目にした客は、助けたい気持ちはありながらも安全性から乗ることを敬遠した。
苦しい境遇に舞い戻り、酒に溺れたこともあった。そんなHungさんが最後に打ち出した手段は、松葉杖で居酒屋を歩き回り恐喝まがいをすることだった。そんなとき、Hoc Mon県の公安職員が保証人となり、27.7社での就職を勧めてくれた。これがきっかけでHungさんは子と共に職を得て、生活は安定するようになった。傷病兵に支払われる各種手当を合わせると、Hungさんの現在の収入は500万ドン(約313ドル)近くに上る。
同社で勤務する傷病兵たちは、ほとんど同様の窮地を乗り越えてきた者たちだ。マネージャーを務めるHo Van Thangさんは片目を負傷、足も被弾し、体の61%を負傷している。兄弟4人全員徴兵されたが、生きて帰ったのは2人だけ。会社設立当時の31年前から勤務するThangさんは、従業員一人ひとりの性格や生活を把握し、普通に仕事をするのが困難な者には、できるだけよい支援制度が享受できるよう計らっている。
同社では、兵士に関連する日などに行事を催す。従業員にとって最も幸せな時間であり、Thangさんも「車椅子でレースをするときは、田んぼに落ちたり、落としあったりと、楽しいよ」と話す。元兵士の魂を蘇らせる競争は時に過激になり、救急車を用意せねばならないほどという。
ユーモア豊かな従業員が多いが、中でもピカイチと名高いNguyen Tat Thanhさんがこんな話をしてくれた。片足を失い義足を付けているDungさんが、ある日付き合い始めて間もない彼女とディスコに行った。夢中になって踊ったばかりに義足が外れ、トイレにいって義足を付け直し、再び踊り始めた。そこに彼女が「世の中みんなうわべばかり。だからあなたみたいな『Chan That』な人がいいな」と言った。Chan Thatとは『誠実』という意味と、『本当の足』という意味がある。真に受けたDungさんが、「本当の足じゃなくて義足なんだけど・・・」と言うと、2人の恋は哀れにも砕け散ったという。
同社には似通った境遇の従業員が多いため、皆仲がよい。過酷な競争にさらされ赤字、廃業、倒産に見舞われる国営企業も多い中、同社は堂々と発展を続け、表彰や労働勲章も授与されている。昨年の売上は1,500億ドン(約938万ドル)と、他社もうらやむほどだ。昨年の納税額は372億ドン(約233万ドル)、今年は400億ドン(約250万ドル)にもなるという。
同社はタバコ工場以外に手工芸品工場を持つ。40〜50人の女性従業員が漆絵の仕上げ作業をしている傍らには、車椅子や松葉杖が置かれていた。その工場の隣には展示販売店があり、ショッピングする外国人の姿が見られた。工場内の見学も可能で、訪れた外国人たちは彼女らを通し、ベトナムの戦後を知る。
同社は韓国や中国、アメリカなどとも取引し、中でも米D&T Distributor Company社とは年4万ドル、5年間のタバコ製造契約を締結している。同社が折に触れ撮影してきた写真の中には、タンザニアの大統領の姿もあった。その他Truong My Hoa副主席や労働傷病兵社会福祉大臣をはじめ、多くの政府幹部が工場を訪れている。
(Thanh Nien)
(2007/08/15 07:35更新) |
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