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コラム

越僑たちで賑わうバンコクの“ベトナム人通り”


 高速道路が縦横に走り、車の往来が一時たりとも止むことのない東南アジアの大都市バンコクで、まるでベトナムの田舎の市場を思わせる縁日が出る。毎週日曜日に、タイ王室皇太子事務所近くのSam Sen通り一帯に並ぶこの縁日は、始業開始が通常8時のタイにありながら、朝7時を過ぎるとまるで歩行者天国のようにごった返し、どの屋台も満席となる。タイ人はこの通りを“ベトナム人通り”と呼ぶ。

■大都会の縁日
 チャオプラヤ川沿いにあるこの通りには、ベトナム人の家屋が数十軒立ち並ぶ。通りを歩けば、まるでSai Gon(ホーチミン市)やハノイ、Da Nangの屋台通りを歩いているかのような錯覚に陥るほどだ。Pho(ベトナム風うどん)から、Hu Tieu(南部の麺)、Chao Long(内臓のお粥)、Banh Xeo(ベトナム風お好み焼き)まで、ベトナムを代表する料理がずらりと並ぶ。通りに店を出すDinhさんの屋台でBanh XeoやGoi Cuon(生春巻き)を食べれば、ベトナムと変わらぬ味と誰もが認めるだろう。Dinhさんは38歳、バンコクで生まれ育ったが、両親はThai Nguyen省の出身で、彼女は8年以上ホーチミン市のThi Sach通りでタイ料理レストランを経営していたという。彼女にとってこの8年間は、ベトナム料理と正しい南部弁ベトナム語を習得するいい機会だったそうだ。
バンコク在住の人々のみならず、ここへはタイ中部や北部からも客が訪れ、飲食や買い物を楽しむ。タイ北東部に住む越僑もここに足繁く通うのだという。
 ある雑貨店でLienという名のお婆さんに出会った。彼女は今年で73歳、タイで生まれ育ち、この地域では最高齢だ。Lienさんは「ここは古いんだよ。多分、数百年も昔、ベトナム人が初めてここに足を踏み入れ、自分たちの村を作った頃からあるんじゃないかな。ここはね、バンコクに今でも残る唯一のベトナム人街なんだ。1960年以前には、ここには300世帯以上がいた。でも差別政策が始まって、多くのベトナム人が強制退去させられたんだ」と話してくれた。
 近くのBeさんの店も、たくさんの客で賑わっていた。彼女はタイで生まれ育ったが、話す言葉はベトナム中部Quang Binh省の方言だ。彼女の店ではCha Lua(肉の練り物)から、Tay Ninh省Trang Bang県特産のライスペーパー、調味料まで何でも揃う。彼女は「いくつかの食品は、この地域の家庭で作りますが、ほとんどはタイ東北部の越僑が作ったものを仕入れています」と話す。Beさんが、面白い話を聞かせてくれた。それはベトナムに帰郷したことはおろか、ベトナムで本場のベトナム料理を食べたことすらない人が、タイ人の作った練り物を味見して、「これは本物じゃないね!本物じゃないと買わないよ」と言うのだという。
 Beさんの子どもの名は西洋的でAppleという。日曜日には、彼女も母親の店を手伝う。彼女は「Xin chao(こんにちは)」、「Cam on(ありがとう)」程度のベトナム語しか知らないが、調味料や練り物製品の名前については正確に覚えているのだという。彼女も母親に負けず、ベトナム風の豚の角煮やスープを上手に作る。Beさんは、「この子は本当に頑固なの。タイ国籍を持っていますが、誰かに聞かれれば、『ベトナム人だ』って答えるんですよ」と言っていた。
 昼時に近づくにつれ、縁日はさらに人で賑わう。ベトナム人だけでなく、タイ人や外国人観光客までもが、ベトナム料理目当てに集まるからだ。ここを訪れた人の多くが「一度食べたら忘れられない味」だと口をそろえる。タイ政府の役人も、週末の外食の場としてここを訪れる。彼らにとってここは“ベトナム料理を楽しめるほど裕福な暮らしをしている”というステータスシンボルなのである。4人家族が外でタイ料理を食べれば200バーツ程度で済むが、ここでPhoやHu Tieu店に入れば最低400バーツは必要なのである。

■異国に根付くホーおじさんの心
 私たちは、チャオプラヤ川の川上にある高床式の家に住むベトナム人の家庭を訪問した。ベトナム語を話せる人は少なかったが、私たちがベトナムから来たと知ると、本当に嬉しそうに歓迎してくれた。何より感動したのは、多くの人々がホーおじさん(ホーチミン)の肖像画を誇らし気に見せてくれたことだ。1928年7月、ホーチミンがロシアから中国広州に戻ると、中国のTuong Gioi Thach軍が彼を捕らえようとしたため、ホーチミンはタイに逃れたのである。そして革命指導のためにタイ北東部へ赴く前、このチャオプラヤ川のベトナム人たちと生活を共にしたのだという。昨年にはホーチミン市から映画制作クルーが訪れロケを行ったそうで、ホーチミンがタイで行った革命に関する記録映画を撮影中なのだという。
 私たちを案内してくれたタイ人の家にまで、ホーチミンの肖像画が、丁重に飾られていたことには本当に驚いた。彼の名はSudhep Silpa Ngamというが、ベトナム語のニックネーム“Anh Qui”と呼ばれることを好んだ。“Anh Qui”は「何年も前に、出張でハノイへ行った時にホーチミン廟を訪れ、そこで肖像画を2枚買って帰りました。職人に頼んで数百枚の複製画を作り、越僑に会う機会がある度にプレゼントしています。ホーおじさんの肖像画を知らないベトナム人は、ベトナム人ではありません」と話した。そしてQuiさんは、私たちにも肖像画をプレゼントしてくれた。彼はベトナムのサッカーチームがタイで試合をする時は、ベトナム国旗と花とホーおじさんの肖像画を携え、声の限りにベトナムチームを応援するそうだ。
 バンコクに住む67歳の越僑、Namさんの話も忘れられない。故郷はHa Tinh省だがバンコクで生まれ育ったため、彼のベトナム語はおぼつかなかった。Namさんは、「1997年にタイの漁船に通訳として雇われ、一度だけベトナムに帰国したんだよ。漁船はCa Mau省のSong Doc港に入り、そこで10日ほど滞在した。私は陸に上がって、通りすがりの人に『Ha Tinh省へはどう行くんですか』と尋ねたのさ、でも皆がただ首を横に振るだけだった。『あまりにも遠すぎる』ってね。残念で仕方なかったよ」と語ってくれた。Namさんは私たちが帰国することを知ると、わざわざ会いに来て、「またここに来るかい? もし来ることがあったら、誰かに頼んでHa Tinh省の土を少し持って来てもらえないかい? せめて祖先のいた場所の土を手に入れ、祖国に想いを馳せたいんだ」と話すのだった。

(Tuoi Tre)

(2005/04/28 09:34更新)

※上記の情報は【ベトナム最新情報】より引用しています。

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